2014年04月

前にも言ったとおり、大抵の人は英語は聞き流しているだけで上達しませんし、英会話スクールに行ってネイティブと会話しても上達しません。それらのことは全く意味がないわけではありませんし、特定の人たちにはそれだけで十分英語がうまくなる可能性もあります。でも、ほとんど人は不可能だと思います。試してみればわかりますよ。

語学が好きな人は聞き流しているつもりで、真剣に聞いてます。それだけじゃ足りずに、知らず知らずのうちに口ずさみます。また、自分の知った英語でネイティブと話すのが楽しくて仕方なくなります。そして上達している自分に気づき、ますます英語のに飲めりこむんです。あなたがもしそういう人だったらどんな方法であっても、最終的には英語が上達すると思います(もちろん僕なんかよりもずっとです)。

でも、そうじゃないんですよ、実際は。僕は英語を聞き流しても、なんも頭に入らないんですよ。ただ飽き飽きするような雑音の繰り返しです。あと、ネイティブとはなしても、つまらない意思疎通を無理やり一時間するだけで、さっぱり英語はうまくならないんです。相手はお金をもらっているから、こんなつまらないコミュニケーションをしてくれますが、実際には全く使えない英語なんですよね、そこでの会話って。

じゃあ、どうすればいいかというと訓練です。それしかありません。たとえば、"Hello! How are you?"を聞き取れたとしましょう。それはなぜかというと、何度も何度も"Hello"と聞いたことがあるし、その意味が直感的にわかっているからです。"How are you?"もそうです。これを「あなたはどうですか?」と訳しませんよね?知ってるから聞き取れたんです。つまり、こういう組み合わせをたくさん作らなければならないのです。結局はそれを楽しくやるかイヤイヤやるのかの違いだけです。

では、どうやって訓練していけばいいのでしょうか。それはまた近いうち説明したいと思います。少なくとも、全く海外生活の経験のなく、さっぱり語学の才能のない僕でも、TOEICは900点以上とれましたし、外資系企業で外国人と英語で仕事をしたりできるようになりました。

ネオヒルズ族として有名な与澤翼氏が自らのブログで敗北宣言しました。ブログの記事によると会社の資金がショートしてしまったとのことです。自社ビルや所有する車を売っても、尚間に合わなかったようです。
当初は、受け入れられなかったこと、これまでの全てはもう無くなるという現実も、今はすべて受け入れており、もはや物や金、見栄、プライドに対する執着を完全に消失しています。
ロールスロイスを売った時、自分の中で、これまで絶対に正しいと考えていた価値観が雪崩のように崩壊していきました。
彼は、秒速で一億稼ぐ男として、メディアで引っ張りだこでした。彼の出す本はめちゃくちゃ売れてたようです。実際にめちゃくちゃ稼いだんだと思います。後付けで評論するのもおこがましいですが、結局お金を稼ぐアイデアを出す能力と、ある会社を継続して存続・成長させる能力というのは、別のものだったのかもしれません。

彼は強気の人だったようなので、敵も見方も多かったんだと思います。ある程度のお金を持つと、人は急に集まってきて、そして金の切れ目が縁の切れ目とばかりに去っていきます。おそらくですが、彼も周りから急に人が去っていったんだと思います。まあ、そこで本当の友人が誰だったのかがわかるのかもしれませんが。

僕は、妬んでいたのかわかりませんが、なんか勘違いした人、というような目で彼を見ていました。といっても、クラスにいても友達にならないだろうな、という程度で別に特別嫌いというわけではありません。風貌と服装がイマイチだけだった、のかもしれません。

でも、今は彼に同情してます。僕は、倒れた人間をわざわざ踏みつけに行ったりはしません。自分と違う世界の人間なので、手を差し伸べることもできませんが、いつか復活してほしいな、と思います。僕は努力しても成功しなければ意味がないという哲学をもってますが、失敗に関しては寛容です。なんど失敗しても、最後に成功すれば勝ちだからです。今すぐってわけにはいかないでしょうけど、彼にはこの失敗を糧にして、いつかまたリベンジしてほしいと願っています。

自民党が貸金業法の緩和を検討しているそうです。あまり大々的には報道されてませんが、関係者には衝撃的なニュースでした。

その昔、金利の上限が定められた法律が二つありました。一つは利息制限法で15%。もう一つは出資法で29.2%。利息制限法より高い金利で出資法より低い金利の15%~29.2%をグレーゾーン金利とか言ってました。でも、実際の消費者金融は29.2%いっぱいいっぱいで貸してたりしたんですね。利息制限法には違反してますけど、出資法ではオッケーだよね、と。出資法違反には刑罰があるけど、利息制限法違反は最悪でも契約が無効になるだけだよね、と。

それで、お金を借りてた達が裁判おこしたんですね。いやー15%以上はやっぱダメでしょって。それ以上払った分は返してよ、と。でも、業界の人たちはあまり気にも止めてませんでした。はは。それは無理だよ。裁判官の人たちは頭がいいし、ちゃんと世の中のことわかってるから、アホな判決なんてだすわけないでしょ。利息制限法違反したら返還義務があるとかいう判決なんて出たら大騒ぎだよ、ホントの話。

裁判官は言いました。いや、ちゃんと耳を揃えて返してやんな。利息制限法違反の金利分ね。・・・は?貸金業者はパニくりました。そして、実際、大騒ぎがおきました。ありとあらゆる消費者金融はつぶれました。大手の武富士もです。返還請求をする弁護士は、その手数料で大儲けです。つり革広告にガンガン広告をうって、ガンガン返還請求をして、ガンガン手数料をもらいました。

消費者金融業界は激変して、いろんな会社が破綻したり、吸収合併されたりしました。それはそうです。過去に儲けた分返せ!っていろんな人から言われるわけですし、前みたいに高い金利でかせなくなったわけですから、儲けも少なくなってしまったからです。証券化された消費者金融のローン債権もたくさんあったんですが、貸倒やら返還請求やらでそれはそれはひどいことになりました。

人間、窮地におちいったらなにをしでかすかわかりません。詳しくはいずれ書きます。

そんなこんなで色んな人間を巻き込んだグレーゾーン金利ですが、だいぶ落ち着きをとりもどしてきました。そんなか、自民党は考え出したわけです。まー、優良企業なら、別に29.2%でもよくね?法律かえてもよくね?

そしてまた業界は大騒ぎになるわけです。うえーーー、まじかーーーって感じで。 

14日の債券市場で、長期金利の指標となる新発10年物国債の取引が成立しなかった。1日を通して取引が成立しなかったのは、2000年12月26日以来約13年ぶりだという。日銀が買いまくっているからマーケット機能が失われているのだろう。市場参加者の心境としては、高すぎて買えない、かといって売りたくない、という感じなんだと思う。JGBを売り崩そうとすると日銀が買いに来る。日銀は基本的にお金を刷ることができるので、敵に回したくない相手だ。

でも、このままうまくいくのだろうか。ゆるやかなインフレをつくりながら、長期金利は低く抑えて実質金利をマイナスのままに推移させる。このまま株価も賃金もあがれば、アベノミクスの思惑通りだ。でも僕は懐疑的だ。マーケット機能を殺したした結果、日本国債というあんなに巨大なアセットがまったく動かなくなった。とても悪い兆候だと思う。河野龍太郎氏も以前から指摘している。
 拡張的な財政・金融政策によって名目成長率を嵩上げする一方、長期金利が低位で安定している間は、株や不動産などリスク資産の価格上昇が続く。リスク資産の価格上昇に惹きつけられ、ミニ投資ブームが始まる可能性もある。それが永久に続くのなら問題はないが、いずれ調整過程が訪れる。
長期金利上昇の引き金となるのは、やはりインフレ率の上昇だろう。たとえば、1%程度の均衡実質金利を前提に、2%のインフレ率やリスクプレミアムが織り込まれると、長期金利は3%台まで上昇しても不思議ではない。

 いずれ、信じられないような事態に直面するかもしれない。止まらない円安・インフレ・長期金利の上昇。あれだけ否定されていたデフレ円高がいずれなつかしくなるのかもしれない。

みんなの党の渡辺喜美代表は7日午後、化粧品会社会長からの8億円借り入れ問題を巡る責任をとり、代表を辞任した。8億円を選挙とは関係なしに個人的に借りたなんて普通だれも信じないし、仮に政治資金規制法に違反していなかったとしても、そのようなことが公開されなかったこと自体問題だろう。彼が党代表を辞任せざるを得なかったのは当然だったのかもしれない。

国会議員は一人一票の選挙で選ばれた国民の代表である。いくら税金を払っていようが、犯罪歴があろうが、頭がよかろうが悪かろうが、年寄りだろうが若かろうが、一人一票である。そのような手続きによって選ばれた国民の代表が集まり、立法府として議論し、法律、つまりは人間の自由を制限する国家権力の手段が決定されていくわけである。そこには、金銭による利益誘導などは決してあってはならない。そして選挙に関わる資金は厳しく管理し、国民に正しく公開しなければならないのだ。

まあ、理想論を言えばそういう感じだろう。もっというならば、日々その理想に近づきつつあるし、他の国の腐敗具合でいえば、日本はかなり優秀なところに位置づけられるのかもしれない。僕も、そういった理想に近づくことはいいことだと思うし、今のような状態まで達することができたのはとてもいいことだと思っている。これからも、そういう透明でクリーンな政治になることを率直に望んでいる。

しかしながら、目の前の現実と照らし合わせてみるともうひとつの側面を無視するわけにはいかない。現実論である。たとえば、悪い政治家が金で票を集めてたとする。おおっぴらでない用意周到な方法によってだ。このままでは、重要な権力が彼に乗っ取られてしまう。そんなときに現実的に正当な手段では勝つ可能性が極めて低いと判断した場合、それでも正当な手段を選ぶのは果たして妥当なのだろうか。国会という権力闘争をしているなかで、現実論を無視しただけの理想論を訴えることは、はたして正しい手段なのだろうか。

だからと言って、僕は何も不正を奨励しているわけではない。でも僕が感じることは、授業をサボったこともなく、先生や親から怒られたことのない優等生が、かならずしも政治家としてふさわしいとは思わない、ということに近い。正しい方向に導くためには、たまには正しくない方法論を使うことには目をつぶりたい時もあるのだ。理想だけを見ていると何も達成できない。理想と現実の差をただしく見て、そのギャップを埋めるために適切な手段をとれる人こそが政治に向いているのではないかと思う。
結果さえよければ、手段は常に正当化されるのである。 「政略論:マキアヴェッリ」 

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