サラエボ事件が起きたのは今からちょうど100年の1914年6月28日の事だ。それを期に、今まで人類が経験したことのない膨大な犠牲者を生み出した第一次世界大戦が勃発する。この戦争で、戦闘員・民間人あわせて1900万人もの死者が出たのだという。

サラエボ事件からどのような経緯で、このような戦争が起きたのか、また当時どのような国際的な背景があったのかはMarket Hackの記事で分かりやすくまとめられていて、ざっくりと知ることができる。歴史好きだと自称する人でも、近代の歴史について勉強している人はあまりいない。たった15分でさらっと読めるので、是非読んでみて欲しい。

当時はこの戦争がこんなに長引くとは誰も予想していなかった。あらゆる事件のきっかけとは、えてしてそういうものだ。これが、どれほど重要なターニングポイントになっていたかというのは、後になってからわかるものである。では、いま直面している様々な国際問題はサラエボ事件になりえないのだろうか。ウクライナは?イラクは?僕らは注意して見なければならない。

戦争は絶対に繰り返すべきではない。そして、平和はきれい事を叫べば自ずと人類はその大切さに理解するはずだという甘ったれた考えだけでは守れない。第一次世界大戦の悲惨な経験をしても、人類は第二次世界大戦を阻止することができなかった。僕たちはこのことを重く捉えるべきだと思う。なぜ、僕らは戦争をしなくてはならなかったのか。僕らはもっともっと考えてみる必要がある。

第二次世界大戦を経験してもなお、世界ではあらゆるところで戦争や内戦を繰り返している。自分の人生において手の届くところで戦争が起きていないからって、未来永劫の平和を保証されているわけではない。戦争は現実的なリスクなのだ。平和は誰かが築いたものの上であぐらをかいていたら守られるようなものではない。僕たちは、あらゆる人が血と汗を流し作ってきた尊い平和について、より強い意思で守る必要があるのだと思う。

これからの平和をまもるには、いったいどうすればいいのだろう。雨の降る日は平和について考えたい。




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