電話が鳴ったとき、僕はそれを取るべきかどうか躊躇した。電話の音は何かしら僕に訴えてくるような響きがあり、それは僕を不安にさせたからだ。それでも、僕は電話を取った。 この時間にかかってくる電話は決まって大事な用件だったし、どちらにしろ僕がそれを無視し続けるは不可能だった。

「もしもし。プーチンです。」
「オバマです。」
僕が電話に出ると、彼は手短に自分を名乗った。彼とは今までも何回も話しているので、声のトーンから彼の心情を推し量ることができる。彼は明らかに苛立っていた。

「クリミアの件で最後の忠告をしたい。要件はいたって簡単だ。クリミアから今すぐ手を引いて欲しい。これは単なるお願いではなく、要求だと受け取って欲しい。要求が受け入れなければ、君は永遠にG8に参加できなくなる。君にとっては、とても不利益なことになると思う。」

僕は黙って続きを待った。

「ただこちらとしても、君のために手を尽くそうと思う。君がここで確約すれば、君のプライドが傷つかないよう協力するつもりだ。マスコミへの時間稼ぎについても安心して欲しい。これはこちらが出す最大限の譲歩だ。君にとっても悪くない話だと思う。」 

やれやれ。僕はやはり電話をとるべきではなかったのだ。

「何度も言ってますが、僕はクリミアを手放すつもりはありません。クリミアがそれを望んでいることをあなたもご存知のはずです。」

「君の言い分はわからんでもない。だが、君はウクライナにおける正当な手続きを経ていない。もっとはっきりと言うと国際法に違反している。」

「わかりませんね。僕らは選挙という民主的な手続きを踏んでいます。それに前職の大統領が職を追われた時には西側の人々は誰もその正当性に関して疑問をなげかけていません。しかし、今回は手続きを盾に取ろうとしている。一体、なぜでしょう。」

「君も知っているとおり、前職の大統領にはいろいろと問題があった。」

「もちろん、知っています。そのことに関しては問題なしとは言えないでしょう。ただし、まがりなりにも選挙という正当な手続きを経て選ばれた大統領です。彼が不正を犯したとしても、職を奪われるとしたら同様に正当な手続きを経る必要があります。しかし、彼が国民から強引に職を奪われたとき、あなたたちはそれを黙認した。」

「君はどうやら自分の立場を誤解している。正確に言うと、過大評価している。今、君は我々から提案を受けた。それに対して君がどう答えるかによって君が立ち位置がかわる。それだけの話だ。君が何を主張しようと、世論は君のやり方を支持していない。」

「いかいもあなたらしい権力者のいい分ですね。あなたはたしかに力を持っている。本気で戦争をしたら、おそらく僕が負けるでしょう。経済制裁をやりあっても、損をするのは僕らのほうが大きいかもしれません。でも、だからといってクリミアを見捨てるわけにはいかないんです。損得勘定で僕を誘導しようとしても無駄です。最初に言ったとおり、僕はクリミアを手放すつもりはありません。」

「それに僕はあなたが腹をくくりきれてないこと知っています。あなたは僕を恐れている。とても恐れている。そして、あなたが恐れているように僕はあなたのいいなりにはなりません。僕は他の国の首脳とは違うんです。」

少し沈黙があった。彼が苛立っている証拠だ。

「いずれにせよ君にはまだ選択肢が残っている。いずれまた話すべき時が来るだろう。ひとつだけ忠告しよう。君はまた自らの手で、自分の立場を危うくしている。」

彼はそう言うと一方的に電話を切った。

あるいは彼の言うとおりかも知れない。僕は自分で自分の立場を危うくしていたし、おそらく多くの人がそれを望んでいない。そして僕に残されたカードはもうほとんど残っていなかった。