平等というのは難しい概念だ。考え方は美しい。けど実現させることはとても難しい。人はみな差別をしまくって生きている。男女差別、人種差別、宗教差別、国籍差別、見た目差別、学歴差別、血液型差別・・数えだしたらキリがない。人が平等を叫び、差別を訴えるのは、決まって自分が虐げらていると感じる時だ。自分の立場がいい時は平等なんて考えもしない。

平等はそもそもかなり新しい正義のあり方だ。人類の歴史から見れば、”最近はやりの概念”くらいのものかもしれない。ほんの数百年前には西洋諸国は黒人を奴隷として売買していて、船で輸送しているときに荷物(!)が重すぎたら途中の海に捨てたりもしたらしい。もちろんワシントンだってベンジャミンフランクリンだって黒人奴隷を所有していた。人類の歴史から見ればごく最近の話だ。

日本だって、つい20年くらい前までは女性の新入社員には平気でお茶くみとかを頼んでいた。いまだって、そこまで露骨ではないが、昇進で差別されるなんて普通にあることだ。インドなんかでは、いまだカースト制をひきづっていて、それが当たり前とされている。彼らに平等を訴えたところで変えられることなんてほんの少しだってあるだろうか。

人間はみな平等であるべきかもしれないが、現実には全く平等なんかではない。美人に生まれる人もいれば、裕福な家庭に生まれる人もいる。そういう人は得をするだろうし、そうでない人は損していることだろう。僕は日本に生まれてきたことはホントにラッキーだと思っている。それはある意味でとても不平等だ。生まれた国で、こんなに環境が違うなんて恐ろしいことだ。

誤解のしないように言っておくと、僕は平等は正義であると信じている。けど、どの時代にも、どの地域にも通じるような普遍的な正義でないことは世界や歴史を見れば明らかだ。また、世界が平等ではないがゆえに、特している部分っていうのは、誰だって山ほどあるはずだ(日本人ということだけでそうだ)。なにに対してもそうだが、口だけで美しいこと語るのはとても簡単だ。平等を訴えたくなったときには、もう少し平等について考えてみよう。